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二つの輝き

何を書こうかと考えていたんですが、けっこう相手役がいない状態のセナ君に対する話に皆様反応してくださったので、そのことについてもうちょっと書いてみようかなと。

私的には、「一粒で二度おいしい」状態だったんです(笑)、セナ君のこの状態は。
相手役がいなくて寂しいと思う方には「何言っているだ!!」を怒られそうなんですが(苦笑)、ご了承ください・・。

要は、瀬奈じゅんというスターが二つの違う形の輝きを放ってしまったことが、「矛盾」に見えるからいろいろ言われるんじゃないかと。
それは、コンビだからこその輝き、コンビでしか表現できないものと、相手役がいないからこその輝き、一人だからこそ表現できるものが相反する味として出てきたから。
だから、ファンの中でも「どっちのセナ君が好きか」で分かれるし、それが「矛盾」した態度に見えるから好き勝手に言われるんだろうと。

でも、セナ君はいつもその相反するような持ち味に引き裂かれていたように思います。
コメディが巧みにも関わらず、悲劇の主人公も似合う。
大人の男の色気たっぷりに踊るかと思えば、少年のように爽やかに駆け抜けるように舞える。
そのたびに、「どっちのセナ君が好きか」で議論が巻き起こる。

私はその相反するものを持ち合わせてしまうのがセナ君の一番の魅力なのでは?ということをアレックスを演じたあたりから語っていますが、相手役のことについても全く同じなのではないかと思います。
固定の相手役がいることで表現できる「揺るぎない愛情関係」「安心感」「絆」のあり方がとても魅力的で。
でも、逆に固定の相手役がいないからこそ表現できる「孤独」、そのときの相手役と築き上げる「刹那的な揺れ動く愛情関係」も、こんな表現も出来るのかと新鮮で。

結局、「出来ることと出来ないことがある(Byアテナ)」ってことなのではないかと(笑)。

「揺るぎない愛情関係」「絆」「安心感」があるからこそ、「マジシャンの憂鬱」や「ミーマイ」は成り立ったし。
(アサカナは安心感はあるけど、けっこう愛情関係は揺れる感じも表現できていましたが)。
「ダルレーク」も、固定相手役じゃないとけっこう酷い話になりそう(笑)な、ギリギリのラインだったと思います。
「あかねさす」はその「揺るぎない愛情関係」がすごく良い方向に働いていた気がします。額田の心は大海人から離れない・・というところが明確でしたから。

「A-“R”ex」はその相手役がいることからくる安心感を少し崩した作品かもしれないです。そのぶんラストのアサカナの絆が輝くのですが。

逆に固定相手役がいないと「ミーマイ」も「マジシャン」も難しい作品かも・・と思います。
「ミーマイ」は相手を好きになる瞬間が描かれていないからこそ、最初からしっかりとした「絆」をビルとサリーは持っていないと話が成りたたないですし、「マジシャン」もきっとこの二人がお互いを好きになっていくんだろうな・・と思える安心感が前提であるからこそ、二人の距離が近づいていく過程を楽しめる物語ですし。

でも、「夢の浮橋」「ギャツビー」「エリザベート」は逆に固定相手役がいないからこその作品かなと。
「ギャツビー」は愛し合う二人の物語なんだけれど、二人の状態は常に不安定な中にあって、愛情はあるものの、離れている間にその質が変わってしまったりするので、「変わらぬ愛」を表現できる固定相手役ではないほうが、よりリアルと言いますか、5年の歳月を感じさせるにはトップコンビの持つ安心感がかえって邪魔になるかも・・とも思ったりしました。

「夢の浮橋」は、浮舟だけに比重を置きすぎると、単純な三角関係の物語にしかならなかっただろうし、匂宮を主役にするのも難しかったかもしれません。
トップ娘役がいないことで、浮舟、小宰相の君、女一宮の三人の女性をヒロイン格にすることでき、「匂宮の物語」に描き直せた気がします。
「エリザベート」は先にも語ったように、トートとエリザベートが恋愛関係に見えすぎないからこその面白さがちゃんと表現できていたように思えましたしね。

この両方ともセナ君の魅力であることは間違いないと思いますし、表現の幅も広がったのではないかと思うんです。
相手役がいるときの作品も、いないときの作品もどちらも同じぐらい好きな作品が多かったですし。

ちょっと中途半端な語りですが・・(笑)、出来る作品と出来ない作品があるっていうのは私の中では実感としてあるということです。

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瀬奈じゅん」カテゴリの記事

コメント

今日、エリザベート、マイ初日を観劇してきました!
桜月さんがおっしゃるように、今回の相手役の凪七さんは組コンビではないので、恋愛関係に見えすぎないと感じました。また、キャリアの差があるので、トートが上に立っているような印象もあり、あまりエリザベートを好きで好きで・・・っていう感じはなかったですね。役作りとしても、1幕までは、したたかで冷静であり、ただ、1幕終盤から自分のエリザベートへの気持ちに気づき、そこからは段階が進むごとに気持ちが高まっているのがわかり、従来のエリザベートよりストーリー性が見えた感じです。
今回の公演、正直、予想以上に完成度が高かったです!宝塚ファンでない人でも誰にでも自信を持ってすすめられますよね(笑)チケットないですけど・・
瀬奈さんの歌の完璧さにも驚きました!こんなところまで仕上がってるとは・・・感動しました!どの音域もまったく難はなかったです。
そして美しい・・・・
やはり桜月さんがおっしゃるように、抑制のきいたお芝居でした。トートが何度かシャウトするところがありますが、抑制が効いてるからよけいに、シャウト場面の凄みがあり、ドキッ!!としました。
今日は、かなみちゃんが観劇で、まさおルキーニがかなみちゃんの次舞台の宣伝をかねてかなり上手にいじってましたよ(笑)
黄泉の世界へいざなう話でしたが、私は生き延びた思いがしました!瀬奈さんのファンでよかったです!!感動をありがとう!!です。

投稿: RICO | 2009年7月12日 (日) 17時41分

RICO様、お久しぶりです。東京公演をご覧になった感想、ありがとうございます☆
見れない者としては本当に嬉しいです。

やはり恋愛関係に「見えすぎない」ですよね、セナトートと凪七エリザベートは。
セナ君も言っていたように、絶対に死ぬときに自分のところへくることはわかっているんですよね、トートは。だから、好きで好きでたまらないと迫る必要もないんだと思えました。ただ、「生きた彼女に愛されたい」というところがポイントなんですよね。
そこに向かって後半はエリザベートに執着していくようになるんですよね。

RICO様の仰るように、トートの感情が段階を経て変化していくので、物語はとても見えやすいように私も大劇場で見たときに感じました。

セナ君の歌は初日あけは少し緊張で固かったのですが(普通の状況でもなかったですしね・・客席がマスク一色でしたし)、1週間後にはかなりのレベルまできていたので、歌いこむほどどんどん上手くなっていって驚きましたね。感情表現が豊かな歌声ですよね。

コーラスの歌詞のクリアさも見事だったと思いますし。

抑えるからこそ、トートの「死」としての静かな恐ろしさみたいなものが、より際立って見えると言いますか・・エリザベートに対してとか、エリザベートに関すること以外に心を揺らさないというところも明確なので、表情はあまりないけれど、とても感情が豊かなトートだと思います。

かなみんが見に来ていたのですね!!遭遇できてうらやましいです。今回は真咲君がいじってくれるので、誰がきているかわかるのがありがたいですね(笑)。真咲君、いつも宣伝しっかりしてますよね(笑)。何気に丁寧なルキーニです(笑)。

感想、本当にありがとうございました☆

投稿: 桜月 | 2009年7月13日 (月) 21時42分

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