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愛と死のロンド

月組「エリザベート」見納めでした。
携帯から書いたように、11時は立ち見で、しかも前に人がいて舞台があんまりちゃんと見えない(笑)、1幕は相変わらず音響が悪く(2幕から妙に改善されていました)、こちらのほうはなかなかまともにレポできないんですが(苦笑)(ただ11時はアサキリの声の調子がいまいちだったかも。セナ君は2幕はそうでもなかったけれど)。

とにかく15時公演が素晴らしかった!!
本当に最後、見終えて胸がいっぱいになりました。

それぞれ登場人物がちゃんと役を生きて、息づいている・・・そんな感動がありましたね。
またコーラスがすごい・・・。
1階後方に音響の都合であのコーラスがちゃんと響いていないのがもったいない。
2階に熱く響き渡る月組一丸となったコーラスにぞくぞくしました。

いろいろ感じたことなどを。

■セナ君のトートは基本的に演技プランは同じだと思います。それはまったくブレがない。ちゃんと役作りの芯がセナ君にはありますね。
けれど、その表現がより明確になってきた気がしました。
1幕では自分の感情に戸惑いながら、エリザベートへの思いを自覚していく過程がよりくっきりしたと言いますか。
セナ君のトートで好きなのが、戸惑いや怒りなどは基本エリザベートの前では見せないところ(笑)。
あくまで彼女の前では冷静を装うのに、実はけっこう傷ついていたり、哀しそうだったりするところに、黄泉の帝王のプライドが感じられて良いなと。

たぶん公演の最初のほうからけっこうやっていたと思うんですが、トート閣下が本領発揮(笑)するところ、つまり「死」であることが前面に出てくる場面でのセナ君の表情が眼がきいて非常に怖いのです(笑)。
荒々しいエネルギーを持った「死」である場面(ミルクとかルドルフの自殺とか)でのトートはまさに「死」だと思います。よくわからないレポですみません(笑)。

1幕ラストの瞳がすごく悲しみを湛えていて、ようやくエリザベートへ惹かれる気持ちが「愛」だと自覚するところがあまり今までのトートで見ない表現ですよね。

セナ君のトートの語りかけるような囁くような歌い方を聞いていると、まさに台詞が歌になっている、そして音楽で表現されている面白さみたいなものが感じられました。
ルドルフを誘うところの音が低いのは忍び寄るような妖しさを表現するためだからなんだと。
セナ君はひょっとしてそういうところもしっかりわかってやっている気もしました。
「最後のダンス」もエリザベートに囁きかけるような響きが良いです。
「私が踊るとき」もちゃんと会話しているという感がありますね。
セナ君の歌、とても表現力豊かで良いですよ!!

最初に歌う「愛と死のロンド」と終盤に歌う「愛と死のロンド」はちゃんと違う感情で歌っているのが伝わってきます。最初はよくわからないけれどエリザベートに惹かれて仕方がないという思いを多少戸惑いも交えながら繊細に、終盤ではエリザベートに愛されたいという叫びのような熱い思いを歌に乗せています。

■「愛と死のロンド」ってことで、この副題の意味を今日見ていてふと感じました。
愛=エリザベート、死=トートのロンド(輪舞)ってことですよね。
ロンドって同じ旋律が異なる旋律を挟みながら何度も繰り返される楽曲の形式のようですが、確かに「エリザベート」っていうミュージカルはロンド形式だなと。同じ曲が違う意味で何回も繰り返し使われますよね。
「ママ、どこなの」は少年ルドルフが母エリザベートを思って歌い、同じメロディーを母エリザベートが息子ルドルフを思って歌いますよね。「愛と死のロンド」も「最後のダンス」も形を変えて出てきますよね。

でも、それ以外に輪ってことで、感じたのは・・・この話って今までけっこうトートがストーカーチックだと言われていたので(笑)トートがエリザベートを追いかけている話だと思っていたんですが(笑)、セナ君のトートはエリザベートの心が向くのを待っているトートだと私は思っていて・・・。
でも一応行動としてはトートはエリザベートの心に隙ができたときにを狙うために追い続けていますよね。
でも、心が向くのは待つしかできない。
じゃあエリザベートはどうなんだろう?と考えたときに、最後の方でトートがはじめてエリザベートを拒否したところ以降の展開では、エリザベートは「ずっと」誰かが待っていると感じ始めています。これってトートのことですよね。

結局トートとエリザベートってどちらがどちらを追いかけているのか、待っているのかがよくわからないというか、お互いに追いかけて、お互いに待っていたのかなと、今日感じたんですよね。それが「輪」ということなのかなと。永遠の無限ループのようになかなか近づけなくて・・・。
それはやはり二人がとても似たもの同士でもあるんじゃないかと。
お互いがようやく向き合ったときにこそこの「輪」は終わりを迎え、重なり合うのではないかと。
なんだかそういうことがすごく今日はすとんと納得がいって、最後にようやく一緒になれたときにすごく幸せそうで・・・見ていて涙が出ました・・・。

そこがセナトートと凪七エリザベートが「恋」ではないもので結ばれていると感じるところなのかなと。

うーん、上手くいえないんですが、そのどちらが追いかけているか、待っているのか、っていう立場が微妙に揺らぐところが今回の「エリザベート」の魅力かなと思えました。

■凪七さんがとっても良くなっていました。
「私だけに」も音程は多少不安定だけど、気持ちの方がしっかり入ってきたのと慣れたのか、堂々の歌いっぷりでした。とても線が細くて・・・がんばって強くあろうとしている感が私は好きだなと。芯は強いと思うんですが、ちょっと危うい感じもあるところが私の思うエリザベートのイメージには合っています。
けっこう彼女はトートに誘惑されたりするところでは、色気を見せますよね。
基本はかわいい顔立ちですが、鏡の間の場面ではきりっとしていて輝きも出てきましたね。
「永遠の少女」という雰囲気のあるエリザベートで、私はエリザベートで重要なのは「少女時代」だと思うので、そのイメージが大人になっても失われないところが良いです。

■真咲ルキーニもなかなかの成長っぷりを見せてくれていて、ラストで狂ったように叫ぶところはすごく狂気を感じられるようになりましたし、だいぶ緩急がついてきた気もしましたね。
もともと堂々としているので、頼もしいスターさんです。

■明日海ルドルフも久々に見たら、すごく良くなっていました!前見たときは新公前だったからなかなか大変だったのかも。今日は繊細さもばっちり感じられました。
あひちゃんのルドルフが見られなかったのは残念ですが、DVDを楽しみにします。
青樹ルドルフの強さと脆さのバランスが絶妙です。

■あいあいゾフィーは迫力を増していて良いですね。あいあい、かっこいい!!と(笑)。

他にもいろいろ書きたいんですが、また改めて。
本当に幸せな観劇でした。

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